5/24・25 日本フランス語フランス文学会春季大会(全体、講演、WS)

日本フランス語フランス文学会2008年度春季大会
2008年5月24日(土)・25日(日)

会場:青山学院大学青山キャンパス
   〒150−8366 東京都渋谷区渋谷4−4−25 MAP
大会本部:青山学院大学文学部フランス文学科合同研究室
TEL :03−3409−7914  FAX :03−5485−0688  MAIL :dfr@cl.aoyama.ac.jp

第1日 5月24日(土)

受 付  13:00−15:30 15号館1階 礼拝堂入口
開会式  14:00−14:05 礼拝堂
特別講演 14:20−15:20
ワークショップ 15:40−17:40
懇親会  18:00−20:00
  会場:青学会館 サフラン(地下2階)
  会費:8,000円(学生5,000円)

第2日 5月25日(日)

受 付   9:30−13:00 15号館4階
研究発表会
 午前の部 10:00−11:00
 午後の部 12:30−14:00
総 会  14:15−15:45 礼拝堂
閉会式  15:45−15:55

■特別講演■

5月24日 14:20−15:20 礼拝堂

Une autre grammaire du sens―Intonation, geste et morphosyntaxe

Mary-Annick MOREL氏(Université de Paris 3)
invitée en mission culturelle avec le soutien de l’Ambassade de France au Japon
司会:France DHORNE(青山学院大学

MOREL Mary-Annick
Docteur d’État en linguistique, spécialiste de l’analyse du français oral spontané.
Professeur Classe Exceptionnelle à Paris 3
Ouvrages :
Morel M.-A. et Danon-Boileau L. (eds), 1992, La deixis, Paris, PUF, 650 pages.
Morel M.-A., 1996, La concession en français, Paris-Gap, Ophrys, coll. L'essentiel
Français, 150 pages
Morel M.-A. et L.Danon-Boileau, 1998, Grammaire de l'intonation. L'exemple du
français oral, Bibliothèque de Faits de Langues, Paris-Gap, Ophrys, 232 pages.
Bouvet D. et Morel M.-A., 2002, Le ballet et la musique de la parole. Le geste et l’intonation dans le dialogue en français, Paris-Gap, Ophrys, Bibliothèque de Faits de Langues.

■ワークショップ■

5月24日 15:40−17:40

1. Enseigner la littérature ?

6号館1階 第4会議室
François BIZET (Université Aoyama Gakuin), Midori OGAWA (Université de Tsukuba) , Asako TANIGUCHI (Université Dokkyo), Agnès DISSON (Université d'Osaka)
Cette question, dans sa forme un peu inquiète, renvoie à une situation d'urgence. Il est plus que jamais nécessaire de discuter et de mettre en question la littérature comme objet d'un enseignement, dans une période qui voit se confirmer une profonde mutation culturelle: marchandisation du livre et crise de la lecture, désaffection générale des études de Lettres, explosion des médias informatiques, etc. L'une des pistes de réflexion que nous privilégierons part d'un constat simple: l'enseignement universitaire de la littérature ne laisse quasiment aucune place aux pratiques d'écriture. Peut-on concevoir un cursus de musique sans pratique instrumentale ou compositionnelle, une section d'art plastique interdite de réalisations? La connaissance de ce qu'est un texte littéraire, la jouissance de son fonctionnement devraient aussi pouvoir s'appuyer sur une expérience, si éphémère soit-elle, du geste de création, expérience à la fois grave et ludique qui permettrait de faire tomber les barrières muséographiques trop souvent élevées autour des oeuvres d'art.

2. 翻訳の社会学

9号館2階 920教室
加藤晴久東京大学名誉教授、コーディネーター)、折原浩(東京大学名誉教授)、宮田昇(元海外著作権エージェント)
 翻訳の問題は翻訳の技術、翻訳者の能力とモラルの問題に還元できない。もちろん、翻訳者は原著書と、その言語が読めない読者との橋渡しをする者(passeur)であるから、高度な言語能力を備えていなければならないし、原著者、原著書を深く愛していなければならない。その意味で倫理的な厳正さも要求される。また、従来、翻訳の問題というと、当該の言語をどう読み解くかという翻訳文法、解釈法と同一視される傾向が強かった。原文を正確に読み取ることはもちろん重要だし、日本の翻訳が抱える問題は多くの場合、これに限られる。
 しかし、〔A〕「出版社⇔編集者⇔翻訳者(個人/エージェント)」が構成する集合、〔B〕「学会+大学」から成る学界という集合、〔C〕「外国出版社⇔(翻訳権エージェント)⇔出版社」の集合。それぞれの集合のそれぞれの要素固有の問題と要素間の関係にかかわる問題。〔A〕〔B〕〔C〕それぞれ固有の問題と、これら集合間の関係にかかわる問題。「翻訳」についての論点とレベルは多様である。〔D〕翻訳物件の種類(文芸書/学術書・学術論文/ビジネス文書/私文書)の問題もある。かくのごとく「翻訳の世界」は広い。
 はじめての試みである今回のワークショップでは、マックス・ヴェーバー著『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』(岩波文庫)の「補訳」にかかわった社会学者折原浩氏が具体的かつ原理的な問題提起をおこなう。『新編 戦後翻訳風雲録』(みすず書房)の著者で、戦後日本の人文書翻訳出版に大きく貢献された宮田昇氏に、カミュ『ペスト』などを例に、翻訳権の問題を解説していただく。加藤晴久も『憂い顔の «星の王子さま» 』(書肆心水刊)をもとに「学界」として何ができるか、何をなすべきかを問う。

3. メランコリーの地平

11号館3階 1135教室
露崎俊和(青山学院大学、コーディネーター)、岡田温司京都大学)、須藤訓任大阪大学)、瀬戸直彦(早稲田大学)、平野隆文(立教大学
 「地平」とは、先ず、概念の帰属する地平、すなわち「メランコリー」という概念が古典古代から現代に至る学説史の中で位置づけられてきた言説の地平を言う。古典古代は「黒胆汁」という体液説の地平にこれを位置づけ、病理学的かつ気質論的言説の対象として論じていた。他方、中世において、修道生活に於ける固有の病理としての「アケディア(怠惰)」という現象が教父たちによって盛んに論じられたが、この瞑想的生において現出する心的様態は、神という近接不可能な対象を観想する精神生活に根本的な病理として神学的=哲学的地平に位置づけられる。中世末期からルネサンスにかけて、メランコリーとアケディアが混同される中、瞑想的気質は芸術創造と連動され、そこに「サトゥルヌス=土星」の支配を見る占星術的な地平が開かれる。後期ルネサンスはこれらの地平を統合すると同時に(バートン、『メランコリーの解剖』)、悪魔学と対峙する形で、医学的な知見の一要素としてメランコリーを措定する傾向が胎動してくる。近代はこの医学的観点の系譜上、すなわち病理学的地平にメランコリーを再定位する(シャルコ、フロイト)。パノフスキー、ザクスルによる古典的研究やアガンベンの研究に沿って、このような学説的通観の妥当性を確認した上で、さらに論じられるべきは、文学および芸術(造詣芸術、音楽)の領域においてメランコリーが開く表象の地平であろう。中世叙事詩ルネサンス美術、ルネサンスバロックの文学、ロマン主義以降の近代文学、さらには哲学的思弁において、メランコリーというトポスはそれぞれ何を語ろうとするのか。このような問いかけは、当然、それぞれの時代の、その固有の歴史的地平にメランコリーを位置づけることを要請する。
このワークショップでは、この錯綜する地平群の全体像をそれらの相互的連関という面から把握することを目指し(第1部)、その上で、第1部の討議の妥当性も含め、個々の地平の孕む問題を多面的に議論する(第2部)。第1部は主にパネリストによる報告と討議に当てられ、第2部は聴衆を含めた自由討議とする。

4. フランス語教育スタージュ―過去、現在、未来

11号館4階 1143教室
星埜守之(東京大学、コーディネーター)、平松尚子(慶應義塾大学非常勤講師)、明石伸子(早稲田大学非常勤講師)、善本孝(白百合女子大学
 日本のフランス語教育の現状が、決して楽観できるものではないことは様々な場面で語られてきている。本学会でも2005年の秋季大会においてワークショップ「フランス語教育の危機的状況を考える」が開催され、多くの参加者を数えたことは記憶に新しい。フランス語教育の現況をどう把握するか、フランス語教育の意味をいかに位置づけなおすか、あるいは、教室でいかにフランス語を教えるのかといった問いも、多くのフランス語教員にとって、また、今後フランス語教育にたずさわろうとする人々にとって、ますます重みを増してきていると言えよう。
 そんななか、2006年春から新たな装いでスタートしたフランス語教育国内スタージュもこの3月で3回目を迎え、12人の参加者を得て無事終了した。新しい体制でのスタージュも、紆余曲折を経ながらもなんとか軌道に乗った観がある一方で、スタージュの今後のあり方について更に考えてゆくべき節目でもあるだろう。本ワークショップでは、この間、新スタージュに研修生として、あるいは組織委員として加わってきた3氏を発言者として迎え、この3年間の経験を振り返りながら、その成果、課題、将来の展望などについて会場のみなさんと率直に意見を交換し、スタージュのこれからについて、さらには日本におけるフランス語教育のこれからについて、議論を深めていきたい。